スーパーマーケットの魚屋を50年見てきました ①




こんにちは、魚食エンターティナーのリッキーです。

私ごとで恐縮ですが魚屋業に関わって20年を超えました。まあ、父が某CGC系スーパーマーケットの経営をしていた関係で子供の頃から休みのたびに父とスーパーマーケットへ出かけて魚売場見学?してきたのでそこからいえばもう50年近くスーパーマーケットの売場を見てきているわけです。

1940年代のスーパーマーケット(新潟)

出身地が新潟見附市なので新潟中越地区が中心になるわけですがその中でもいくつものスーパーマーケットの栄枯趨勢を見てきました。昭和40年代当時はスーパーマーケットの創世記でイシザキさんが頑張っておられました。町の鮮魚店もまだ沢山あった時代。スーパー青山さんは当時としてはとても先端のお店だったような気がします。子供ながらにインベーダーゲームをするのが楽しみでよく買い物について行った記憶あります。

新潟市内ではやはりなんと言ってカリスマ中内功さんのダイエーが全盛の時代。古町のバスターミナルのレインボータワーがとても印象的な建物でダイエーはその建物内にあったと記憶しています。私もたまに父に連れて行ってもらいましたが、レインボータワーに乗れるのがとても楽しみだった記憶があります。スーパーマーケットでいえば当時はキューピットさん、スーパー堀川さんが勢いありました。

その後ウオロクさんが勢いで来てた流れだと思います。

長岡でいうとやはり原信さんでしたが当時はまだスーパーつちださんもやっており元気が良かったような気がします。

柏崎ではスーパーこたや、小千谷の福屋さん、見附のマルイさん、上越で言うとナルスさん、イチコさんなどまさに群雄割拠の時代でしたね。みなさん父が交流させていただいた企業さんでした。

チェーンストアの神様 渥美俊一というカリスマがいた時代

当時はチェーストア理論の神様 渥美俊一先生がご健在で精力的に活動されていました。現在活躍しているほとんどの企業が渥美先生の指導を受けているのではないでしょうか。当時からすごい人だときかされていました。

父も渥美先生の熱心な信者で箱根の合宿の話をよくしてくれました。相当厳しい内容のようで、それもそれなりに名の通った企業のトップがしごかれるというので当時から恐れられていたようです。父もファーストリティリングの柳井さんとか同部屋になって色々話す機会があったとか原信さん、コメリさんが特に優等生で、しっかりチェーンストアの理論を勉強していたというような話を聞かされました。

バブル崩壊を境に環境が一変

高度経済成長からバブルに向かう間にスーパーマーケットは大きく変化していきました。大店舗小売法で抑圧されていたのがその後の規制緩和の流れもあり、スーパーマーケットも次々に出店するし、どんどんその規模自体を大きくしていきました。したがって1980年代はスーパーマーケットにとってもとても華やかな時代でした。海外研修、視察もたくさんあり、いろんなコンサルタントも出てきて業界的にもとても潤った時代だったと思います。

永遠に続くかと思ったスーパーマーケットの繁栄にもヒタヒタ終わりが近づいてきます。

1990年代のバブル崩壊です。

ちょっと長くなったので バブル後の流れは 次の機会に話させていただきますね。当時の写真も残っているはずなのでもうちょっと写真を差し込みたいですね。今度実家戻ったとき写真持ってきます。
〜つづく




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